弁証法から見る個人の精神形成

大人になった今、思春期の頃の自分を思い出すと、随分と狭い世界に生きていた気がします

細川院長

視野が狭かったということですか?

今思い起こすと気恥ずかしいことなのですが、あの頃感じていたことは、あの頃の自分にとって、まぎれもない真実でした

どうしてあんな風に考えていたのか?
まわりにはもっと広い世界があったのに、どうしてそれが見えていなかったのか?
あのときの自分が本当に今の自分なのか、信じられないほどです

細川院長

今のあなたは思春期のときのあなたであり、思春期のあなたがあったからこそ、今のあなたがあります

思春期のあなたは矛盾や葛藤に苦しんでいたかもしれませんが、それを経験することによって、自分自身に目覚めていったわけです

自分の考えや行動を自覚するようになり、成長したということでしょうか?

細川院長

以前の思考から新しい思考が立ち上がり、それが相対する思考からの反論を受け、今度はその葛藤が第三の思考により発展的に解消する・・・そんな「弁証法」的発展をしながら、自分自身に目覚めていく、そんな風に哲学者ヘーゲルは述べています

ヘーゲルは主に歴史の中で自分に目覚めていく世界精神について語りましたが、個人の精神においても成長という歴史の中で同じことが言えるでしょう